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ネットの海の片隅で

技術ネタの放流、あるいは不法投棄。

良い伏線

伏線というものがある。

物語の途中で語られた設定が終盤で活きてくるというアレだ。 ミステリなんかでは伏線の張り方とその回収方法こそが作品のキモだったりするかもしれない。

そんな伏線だが、個人的にずっと気になっていた伏線があった。

ef - a tale of memories.』の伏線である。

efの伏線

2007年放送のアニメなので細部まで正確に覚えているわけではないが、大筋として

  • 直近13時間の記憶しか保持できない少女
  • その少女と恋に落ちる少年

という設定である。

物語終盤、少女は少年のことを思って少年と別れ、少年との日々を綴っていた日記を捨ててしまう。 過去が記録された日記を失い、13時間が経過して、少年は少女の中から自分が完全に忘れ去られてしまったことに悲嘆するが、少女が少年のことを想わずにはいられないため、少年は忘れられていなかった!

みたいなお話。

13時間しか記憶が保持できないという設定を聞いたとき「じゃあ、定期的に思い出せば良いじゃん」と思った記憶があるし、実際に終盤で「やっぱそうだよね」と思ったため、それほど劇的な伏線回収ではないと思うしむしろベタだとすら思うが、それでもなぜか心に残っていた印象的な伏線である。

伏線回収≠意外性

そんなベタな伏線がどうして心に残るのかずっと疑問だった。

伏線回収を意外性やどんでん返しだと考えるとベタな伏線が良い伏線であるとは考え難いし印象に残るとも思えない。 しかし、伏線回収とは納得感であると考えればしっくりくることに気がついた。

つまり、作品を通して物語の中の少年と少女に感情移入し、2人に幸せになってほしいと思っていたから、意外性はあまりないが2人が幸せになれる伏線回収を素直に受け入れられたのだと思う。

逆に言えば、登場人物に感情移入していなければ「ふん! こんなベタな伏線で良いと思ってるのかよ!」みたいなことになっていたと思うし、どんなに意外性と整合性があっても2人が不幸になる伏線回収であれば素直に受け入れられなかったと考えられる。

そういう意味では『ef - a tale of memories』における真の伏線とは記憶喪失のようなギミックではなく、登場人物に感情移入させる丁寧な描写だったのかもしれない。